今日は、隆也の誕生日。

現在の時刻は21時を回る。


私は今、西浦高校の道場に居る。















『今日、阿部君の誕生日だよね。ちゃんは何かあげるの?』



よりによって、朝一で篠岡ちゃんに廊下で会ってしまったのが間違いだった。
私は隆也の誕生日をすっかり忘れていた。


いや、言い訳させて下さい。

私、次の土曜が大会があるんだって!
有難い事に、個人戦以外にも、レギュラーとして、団体戦にも出場させて貰える。
だから、此処1ヶ月、すーっごく練習した。
1年のレギュラーは私だけだから、先輩に迷惑かけないように、めちゃめちゃ頑張って稽古した。
稽古が終わっても、顧問に許可を貰って居残りもした。

絶対に、勝ちたい。
絶対に、一本取りたい。


だからと言って、隆也の誕生日を忘れる私は、最低だ。


今日、隆也はどんな風に過ごしたんだろう。
野球部の皆と、ワイワイやるのかな。
それとも、家に帰って、家族に祝って貰ってるのかな。
祝ってもらってる隆也なんて、想像つかないや。

でも、本当は……





「ホント、最低だな、私…」





私が祝ってあげたかった、なんて。

今の私に、言う資格はない。





「さ、練習しよ!」




後ろめたい気持ちに蓋をするように。

打ち込み台に向かって、思い切り面を打ち込んだ。







++++++






避けられてる気がする。

別に、に対して何かした覚えはない。
アイツが機嫌を損ねるような事は、一切していない。

寧ろ、こっちがに文句を言いたい。
オレの誕生日だってのに、アイツ、朝からそんな素振りは見せてない。
それどころか、今日は一度も会ってない。
確かに此処最近、稽古があるから先に帰ってて、と言われて一緒に帰っていない。
でも普段は、7組の前を通る度に、廊下側に座るオレに声をかけてくる。
でも今日、は一度も廊下を通る事はなかった。

避けてないとは、言わせない。



「阿部、今日機嫌悪ィのなー」
「ちょ、バッ!水谷!!」
「………………」
「なんだよ、花井。だって花井もそう思うだろ?」
「(な、何も言わない?) いや、まぁ…」
「………………」



水谷の言葉に対して、怒鳴る気にもなれない。
オレの頭ン中は、の事しか考えられなかった。

だって、可笑しいだろ?
去年は、受験で大変だからいいって言ったのに、アイツは当日オレを祝ってくれた。
付き合い始めで誕生日を知らなかった、とか言うわけでもない。
今日だってちゃんと学校には来てるって、篠岡が言ってたし。

別に無理に祝って欲しいわけじゃねーけど……でも、やっぱアイツに「おめでとう」って、一言言って欲しい。





「そう言えば、今日来てなくね?」




…………………。

あーっ!なんで水谷は……





ゴンッ!



「うわっ!!」





人をイラつかせるのが、上手いんだよッ!


水谷をぶん殴り、さっさと着替えて部室を出る。
冷たい風が吹き荒び、思わずオレは顔を顰める。

冬だから寒いのは当たり前だけど、何となくその寒さにイライラした。

クソ…ホント、いい事ねーな。



「あ、阿部君お疲れ様!」
「おー、篠岡。お前、まだ帰ってなかったのか」
「うん。ちょっと監督と話してたの」
「ふーん」

「あ、阿部君。お誕生日おめでとう!」
「……あ、あぁ…どーも…」



……より先に、篠岡に言われるとは思わなかった。

篠岡に感謝しなきゃいけないのに、何故か素直に喜べない。

それが顔に出ていたのか。
篠岡はオレを見て、そして苦笑いを浮かべながら口を開いた。




「阿部君、今日ちゃんと会ってない?」
「!!」



篠岡の指摘に、オレは息を呑む。
まさに、図星って奴だ。



「あのね、阿部君。怒らないで聞いて」
「?」
「多分、ちゃんは阿部君の誕生日を忘れてて…それで、今日一日会わないようにしてたんだと思うよ」
「忘れて、た……」



怒ろうとは思わないけど、さすがに呆れる。
付き合ってる相手の誕生日を忘れるなんて…。

呆れてるオレをよそに、篠岡は武道場の方向を見て、再び口を開いた。





ちゃん、今度の土曜に大会があって、それで毎日残って練習してるんだって」
「そーいやアイツ、最近オレに先帰れって…それでだったのか」

「高校入って初めてレギュラーとして団体戦に出られるって、ちゃん凄く張り切ってたから……」





多分、まだ練習してるんじゃないかな?


そう言われたら、行くしかないだろ。

オレの足は、自然と武道場に向かっていた。







++++++






「うぅ…しまった……」



自棄になって打ち込みすぎて、左手に肉刺が出来た。
しかも気付かずに打ちまくってて、そのまま肉刺を潰してしまった。
剣道を始めたばっかの時は、肉刺がよく出来たけど……肉刺なんて、今じゃすっかりご無沙汰だった。

自棄になってて、基本を忘れてたからかな……。



「救護バッグ、更衣室にあったか、な……」



鏡の前で練習するのは、そう珍しい事ではない。
自分の打ち込む姿が見えて、打つ体勢を常にチェック出来るから。

でも、全く気付かなかった。





「どっかケガしたのか」





阿部隆也、その人はいた。

私の僅か数メートル後ろに立っている姿が、鏡越しに映っている。
しゃがみこんだまま、私は全く動けなかった。

色んな疑問が浮かぶのに、上手く言葉が出てこない。



「た、隆也……」
「ったく、何やってんだよ。普段のお前なら、怪我なんてしねーのに」
「怪我、してない…」
「じゃあ、何で救護バッグとか言ってたんだよ?」
「……ただの、肉刺…」
「見せてみろ、ほら」



ぐいっと右腕を引かれ、私は隆也と向き合わなければならなくなる。

左手を掴んで、隆也が私の掌をじっと見る。



「しっかり潰れてんじゃねーか。こんなになるまで、どうして気付かないんだよ…」
「…たか、や……」
「ったく、それで救護バッグ探してたのか。で、バッグは?」
「……更衣室…」
「早く取りに行こうぜ。ほら…」

「た、隆也ッ!」



隆也が優しくしてくれるのが、凄く苦しい。
私は隆也の誕生日を忘れていた、最低の彼女なのに。
寧ろ、彼女なんて言える立場じゃないのに。

ふっ…と、隆也の溜息が、広い道場ではやけに響く。





「……団体、何で出場すんの」
「へ?」
「だから、大会。個人戦だけじゃなくて、団体戦出るんだろ?」
「……副将…」
「すげーじゃん、1年でレギュラー取るなんて。で、は頑張ってたんだろ?」
「でもっ……」

が剣道好きなのは知ってるし。今年はこの後一緒に過ごすので勘弁してやるよ」





隆也の言葉にびっくりして、勢いよく顔を上げた。

今日初めてちゃんと見た隆也は、困ったように笑っていた。





「隆也……」
「ほら、さっさと消毒して、着替えて行くぞ。時間が勿体無いって」
「う、うんっ!!」
「帰りはちゃんと送ってくから、一応親には連絡しとけよ」
「大丈夫!ウチのおかーさん、隆也の事好きだから!」
「そう言う問題じゃねーよ、バーカ」
「でも、ほら。外、月が出て明るいし。今夜は長いぞーっ!!」

「張り切りすぎなんだよ、は。今日はオレの誕生日だぞー」

「いーの!今夜は私が、隆也が思いつくだけのワガママ、全部叶えてあげるのっ!!」










二人電車に乗って、駅のちょっとしたイルミネーションを見て

「いつもと同じだ」なんて言いながら、結局マックに入って



ずっと何も言わなかった隆也が私に言った、最初で最後のワガママ



私から隆也に、


今、溢れてるこの想いが、




全部、隆也に届きますように






阿部誕企画に提出しようとして、ボツったやつです…。
後から考えると、こっちの方が良かったかも…と思い、慌てて加筆・修正しました。
誕生日には間に合わなかったけど、阿部君好きな気持ちは…うん、ちゃんとあります……。

肉刺は何れ、固まります。
そうやってだんだん強化される(?)ので、剣道を何年もやると、当初出来まくってた肉刺もあまり出来なくなるんですよ。
女の子なのに、肉刺で指の付け根が固くなって…ちょっと悲しいですよね。
因みに私も、肉刺が出来まくったところは未だに皮が分厚い感じがしてます。

序でに主人公の団体戦副将設定ですが、最初は中堅でした。
でも、1年の秋だったら、相当上手く限り、先鋒・中堅・大将の重要なところは無理かな…と思いまして。
結局(微妙な位置ですが)副将設定にしました。
(……いらないなぁ、この剣道談義は…)

とにかく、1日遅れたけど阿部君おめでとう!
阿部君大好きだよ!

……このサイトでも、阿部君増やして行けたらなぁ…と思います。    07/12/12

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