「…先輩…島崎先輩」
「ん…」
「そろそろ起こしたほうがいんじゃないかと思って…」

「…ん…あ……姫…?」



どうやら、眠っていたらしい。

“準太の姫”に起こされて、思い身体を起こす。
目の前に広がっている、数式の羅列。
そうだ、オレは図書室で、勉強してたんだっけ。

家での受験勉強に飽きて、たまには図書室で勉強しようと思ったんだっけ。


やっと頭が働き出して、オレを起こした張本人の顔を見やる。
少し苦笑まじりだけど、その優しい笑い方は、誰かに似ている気がした。

……あぁ、そうか。





「なぁ…姫、さぁ…」
「はい?」

「ちょっと昔の話、してもいい?」





















練習試合が決まった。
オレはすぐ、にメールをした。

“試合の連絡”以外でメールをする理由がなく、オレはずっと持て余していた。
これでやっと、連絡をする口実が出来た。
此処最近は昼休みも自主練で、図書室に行く暇もなかった。
今日も行けないけど、これでメールが出来る。

オレは、試合の日程を打ち込んで、送信ボタンを押した。
隠し切れない喜びが、オレを終始笑顔にさせる。

どんなメールを返してくれるだろう、とか。
試合観に来てくれるだろうか、とか。


の事を全く知らないまま、ただただ何かに期待していた。






数日経っても、からの返信はなかった。

オレは、のクラスを知らなかった。
“図書室に行けばいつでも聞ける”と思っていたからか。
アドレスを教えてもらって、近付いていたと思っていたとの距離。
それは、ただの勘違いだった。

時間を作って図書室に行っても、はいない。
オレが出る試合を、観て貰いたい。
今回は、初めてクリンナップで試合に出る。

に、観て貰いたかった。




そしてそれから1週間後。

その日部活が終わってから、携帯を見てみたら。
突然、のアドレスから、メールが届いた。
もう、メールした試合は終わっていたのに…。
オレは言いようのない不安を抱えたまま、メールを開く。

画面の文字を追いながら、オレの思考は上手く働かず、呆然とした。





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From
Sub はじめまして。

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島崎君、はじめまして。
の母親です。

開いたままの受信メールから、貴方のアドレスを知りました。
こんな形でメールをしてしまって、すみません。

島崎君に、お伝えしたい事があります。
今、は市内の総合病院に入院しています。
治る見込みはなく、余命も1ヶ月程度と医師から説明を受けました。
にはまだ、説明していません。

まだ学校にも知らせていないのですが、貴方にはお伝えしておこうと思います。
から度々貴方の名前を聞いていました。
と仲良くして下さって、ありがとうございました。

野球、頑張って下さい。


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何を言っていいのか、分からなかった。

画面上の文字を、頭が理解してくれない。

受け入れられなかった。
が病気と言う事も、が死ななければいけないと言う事も。


そして、“ありがとうございました”と言う、過去形の言葉。


違う、嘘だ、やめてくれ。

その時、オレは現実を拒否する事しか考えられなかった。
なかった事にするかのように、携帯の電源を切って、鞄に突っ込んだ。

鞄を乱暴に掴んで、部室を飛び出して。

そのまま家に帰らず、近くの公園まで走った。









知らないフリをした。

気付かないフリをした。


全てに蓋をして、なかった事にしたかった。



オレは、逃げたんだ。








暗いですねー…とにかく暗いですねー…。
こんないい母親って存在するのかな…とか思いつつ、話が展開しないので勝手に出演させました(汗)

とりあえず、やりたかった事を達成しました。
やりたかった事=準太連載のヒロインを出す事。
慎吾サンが何気なく過去を語りだす…あぁ、哀しすぎるよ慎吾サン(笑)
3話に収めたかったのですが、4話くらいになりそうですね…。
とりあえず、本当に救いようのない話ですが…頑張りたいと思います。

因みに題名の『深淵』は、曲の題名から取りました。
でも、曲には全く関係ない話になってます(笑)

2008/4/6

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