「……島崎先輩…」
「あんまり深く考えないで聞いてくれていいから」
「でも、そんな軽い話でも…」
「いや、流してくれていいよ、ホント。ちょっと、姫に話したくなっただけだから」
聞いて欲しい。
昔、オレが手の届かない人に恋をして。
逃げ出してしまった話を。
あれから、オレは部活に打ち込んだ。
とにかくがむしゃらに、野球をやっていた。
和己に何度か心配されたけど、やめられなかった。
野球をしてなきゃ、を想ってしまう自分がいたから。
恋をしたんだ、と気付いた。
でも、は、いなくなってしまう。
その事実が、オレの“好き”を捨てようとする。
蓋をして、なかった事にしようとしている。
それに気付いても、逃げようとしている自分がいる。
オレは傷付きたくなくて、泣きたくなくて。
自分勝手な考えで、への気持ちをなかった事にしていた。
それからも、オレはただただ野球に打ち込む日々を過ごしていた。
それ以外に、何も出来なかった。
に関わる全てのモノから、断ち切りたかった。
「慎吾」
「ん?和己か」
「お前、最近可笑しいぞ?」
「そうか?」
「メチャクチャに野球してるぞ」
和己の言葉にドキッとしたけど、何もないフリをして、着替え始めた。
納得がいかない、と言ったような表情の和己も、見ないフリをして。
また、オレはそうやって“フリ”を続ける。
早く着替えて、早く家帰って、早く寝よう。
寝て、何も考えない状態になりたい。
そんなオレの耳に、ある会話が唐突に入って来る。
息が止まりそうになる。
「今日のホームルーム、何した?」
「あー…うちのクラス、今入院してるに手紙とか書いてた」
「入院してる奴いんの?」
「うん。って女子がさ。地味で大人しくてあんま目立たない奴だけど、結構いい奴で」
「ふーん…」
「なんか、最近頻繁に発作が起きるらしくて…ヤバイって、担任言ってた」
余命なんて、目安だ。
しっかりその期間まで生きられるわけでもなければ、もっと生きられる場合だってある。
……じゃあ、は?
途端に、身体が震えた。
を失う悲しみか、恐れか、それとも自分に対する憤りか。
この震えの正体が分からないまま、オレはフラフラと部室を出た。
消えてくれ、オレの中の想い。
オレもオレで、早く捨ててしまえ。
こんなに痛くて、苦しくて。
オレが傷付くのは明白なのに、なくならない想い。
逃げたい、逃げたい。
手を伸ばしても届くはずのないモノに、手を伸ばすのは、嫌だ。
「慎吾」
突然呼ばれて、ビクッと身体が反応した。
後ろを振り返ると、着替えが中途半端なヤマちゃんが、突っ立っていた。
「如何したんだよ、ヤマちゃん」
普通の声を出しているつもりでも、明らかに震えてるのが分かった。
気を張っていないと、足まで震えてしまう。
オレは懸命に“普通”を演じた。
ヤマちゃんが、一つ息を吐いて、オレに紙を差し出す。
「行ってあげて。ンとこ」
「……え…」
ヤマちゃんは数歩進んで、今度は紙をオレの胸に押し付けた。
「オレ、と慎吾の関係とか、全然知らない」
「でも、教室でが言ってたんだよ。初めて観に行った野球…オレらの試合だったんだって」
「セカンド守ってた人が、いい人だったって」
呆然と立ち尽くしたまま、紙を受け取らないオレの手を掴んで。
ヤマちゃんは、無理矢理その紙を、オレの掌に握らせた。
「オレもさ、別にと親しかった訳じゃないし、特別な感情を持ってるわけじゃないよ」
「でも、にしてあげられる事は、あると思ったんだよ」
「だから、行って、慎吾。今日無理なら、明日でもいい。明後日でもいい」
「に、会ってあげて」
部室に戻って行くヤマちゃんの後姿を眺めながら。
その時オレは、ぼんやりと、の笑顔を思い出していた。
自分が傷付きたくない一心で、逃げていた自分。
の感情は、何一つ考えていなかった。
花を、買おうか。
の微笑みに合うような、優しい花を。
何処までも深く、沈むような感覚は消えない。
それでも、逃げてまた深く入り込む前に、の顔を見ようと思えた。
ヤマちゃんがヒーローになりました(笑)
準太連載での慎吾サン的位置に、ヤマちゃんを持ってきました…(完全に趣味/笑)
でも、ヤマちゃんは普段ふざけていても、人を思いやれるいい子だと思ってます。
慎吾サンが、逃げながらも前に進もうと言う雰囲気になってきてます…。
別れを知りながら好きってのは、辛いですよね…。
次回で完結させます!頑張ります!!
(前、中、後…と来たからには、“完”で終わらせなければ不自然すぎますし…/滝汗)
2006/4/9